対人感情洞察力
もしかすると不思議な能力が身に付いた事で対人恐怖症になったのかもしれません。
その能力は人の仕草や言動で相手の感情が分かってしまうという能力です。
物心ついた時から、「笑顔だと楽しい」、「泣いてると悲しい」とわかるようになると思います。
さらに、大人になってくると「笑顔でも悲しんでる」、「泣いてても喜んでる」とわかるようになります。
そういう人の心に共鳴してしまう何とも表現しがたい感覚が、とても敏感になってしまい、
目を見たときや言動、何気ない仕草で相手の感情が感覚的にわかってしまうようになってしまいました。
この能力を対人感情洞察力と僕は名付けました。
この能力は僕にとっては何のメリットもないです。
例えばコミュ症でなければ、あの人は今落ち込んでいるからこういう優しい言葉をかけようというふうに対人感情洞察力を活かせると思います。
しかし
肝心の言葉をかける事ができないのです。
言葉をかけるのが怖いので。
高所恐怖症じゃない人が高いところが怖いように、話かけると足がすくむのです。
まさに自分でも謎のメカニズムです。
この対人恐怖症と対人感情洞察力のミックスは絶望的です。
相手の僕に対するネガティブな感情が余計に対人恐怖症に拍車をかけるという負のスパイラルがおきます。
もう誰にも会いたくない
でも稀に僕に対するネガティブな感情がない人もいます。
本当にありがたい事に、そういう人とは下手くそなりに会話ができます。
しかしそういう人でも、ネガティブというかなんとも言えない感情が見えてしまう時があり、自己嫌悪になる事が多々あります。
実際相手の感情なんて、その人しかわからないし、その人でさえわからない時もあるものなので、僕が勝手に想像してるに過ぎないので
なんの信憑性もありませんよね。
しかしそのなんの信憑性もない勝手な思い込みがとてもやっかいです。
その勝手な思い込みで対人恐怖症をこじらせてるという負のスパイラル。
なぜそのようになったか
コンビニとかでよく見かける「相手を見抜く方法などの心理学系の本」を読み、相手の気持ちなどを気にしすぎた事がきっかけかもしれません。
今回の件で僕がたどり着いた結論
対人恐怖症は相手の気持ちを読み取ることができるようになっても、言葉をかけれないので意味がなかったです。
傷つくだけでした。
ではどうすれば良かったかを考えると対人恐怖症を治して言葉をかけれるようになってから、相手の気持ちを読み取る能力を身につけ、気配り上手になる。
という流れがコミュ障を克服するためのベストではないかと思います。
これから自分という被験者の経験からコミュ障克服のための自己分析を配信していこうと思います。
ぜひ同じような悩みをもった人と共にコミュ症を治せたらと思っています